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彫刻師 中澤茂政さん彫刻師ブログ

梅⾬を味わうための⾔葉

2021年5月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

不安なニュースばかりのこの頃ですが、⾃然は変わらず四季折々の変化を⾒せてくれます。

6⽉を迎えると早くも梅⾬がやってきます。「じめじめして嫌…」なんて声も聞こえてきそうですが、「恵みの⾬」とも⾔われるように、私たちの⽣活には⾬、そして⽔はなくてはならないものです。

422 語もの⾬の名前を紹介している、その名も『⾬の名前』(⼩学館) という本を広げてみました。

そこには、梅⾬の前に降る⾬に付けられた「迎梅⾬(げいばいう)」に始まり、梅⾬どきの「梅⼦⾬(ばいしう)」、梅⾬明けに降る「送梅⾬(そうばいう)」に⾄るまで、10以上の⾬の名前が並んでいました。

中には、今の時代にはそぐわない名付けですが「男梅⾬」「⼥梅⾬」というものや、⽊々の葉を⻘々と鮮やかに⾒せる「⻘梅⾬」など、この時期の⾬の特徴が細かく細分化されていて、先⼈たちの⾬に対する感性の鋭さに驚かされます。

梅⾬の後、旧暦の七⼣に降る⾬「酒涙⾬(さいるいう)」や「猫⽑⾬(ねこんけあめ)」といったユニークな名前もありました。

何かと残念な象徴に重ねられる⾬ですがここは気持ち次第。

⾃分なりに⾬に命名してみるのも、梅⾬の時期を楽しく過ごす⽅法かもしれませんね。

世間の状況が良くなって⼼置きなく外出できるようになったら、夏のさわやかな⻘空の下、ごぶさたしていたお墓参りに⾏きましょう。

季節の移り変わりが毎年やって来るように、お墓も家族が笑顔でお参りに来られるのを、同じ場所でいつも待っています。

GWのお墓参り、お掃除は念⼊りに

2021年4月28日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

花々が咲きはじめ、⽬を楽しませてくれるこの時期ですが、スギ花粉のシーズンは過ぎているとは⾔っても、その他の花粉によるアレルギーに悩まされる⼈も多いですよね。
冬から春にかけてお墓参りが遠のいていたお墓は、こうした花粉や⼟埃でよく汚れています。

とくに⿊い⽯など⾊の濃い墓⽯は汚れがとても⽬⽴つので、GW期間中はお墓参りして拭き掃除をしておきたいところです。

 

↓こちらは、昨年秋のお彼岸以来、半年近くお掃除をしていなかったお墓。↓

黒いお墓は特に、砂ぼこりがよく目立ちますね!

 

また、今は桜などの落葉樹の芽吹きの真っ最中です。

美しい若葉の季節ですが芽吹きの際に⽊の枝から、樹液が落ちて来ることがあるのでご⽤⼼!

お墓参りの時にこうしたベタベタ汚れを拭き取っておけば、ほこりがくっついて落ちにくくなってしまうことを防げます。

ベタベタ汚れと⾔えば、これから活動が活発になる⿃のフンなどにも同様のご注意が必要です。

お時間のご都合でお墓に⾏けないという⽅や、帰省してお墓参りが難しいという⽅は、当店までお声をおかけください。お墓のお参り代⾏はもちろん、お⼿⼊れがラクになる砂利敷き、防草砂の施⼯、⽯貼り⼯事などのご相談も承っております。

屋外の墓所はよほど⼈が集まらない限り、三密にはなりにくい場所です。

 

道中の感染対策を⼗分に取りながら、ご先祖様に久々のご挨拶されてみてはいかがでしょうか?

変わりゆく時代を⾒つめ続ける⽯

2021年4月18日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

春の到来とともに、学校や職場で新たなスタートをした⽅も多いのではないでしょうか。
2年前のこの季節、天皇陛下の代替わりとともに、令和の元号のもとで新しい時代が始まりました。昭和は遠くなり、平成さえもどんどん過去へ過ぎていく時間の流れの中ですが、⽯屋としては、これまでの歴史を留める場所としてぜひ覚えておいていただきたいところが東京駅丸ノ内側にある、和⽥倉噴⽔公園です。

※写真は2019年春に撮影したものです。※

この公園の噴⽔は当時皇太⼦殿下だった平成天皇のご結婚を記念し、昭和36年につくられました。全国各地の⽯を⽤いて、⽇本の⽯材⼯芸品の⼿法により制作。直線と円を⽤いたシンプルな造形は⽇本的な美を感じさせます。
⽔を噴出する濃いグレーの⽯にご注⽬。これは「浮⾦⽯(うきがねいし)」と呼ばれる、福島県⽥村郡⼩野町の最北部標⾼896mの⿊⽯⼭で採掘される美しい斑れい岩です。所々に⾦の班が⾒えるのが特徴で、⽔に濡れるといっそう美しさを増します。噴⽔の⽔は斜め上に噴出し、菊の花とつぼみを表現しているそうです。

平成5年、現在の天皇皇后のご結婚時には改修整備が実施され、球形噴⽔のモニュメントなどが新たに設置されました。和⽥倉噴⽔公園はまさに昭和と平成、⼆つの時代をつなぐ場所なのです。
今はコロナ禍の厳しい状況にありますが、家族連れや観光客が思い思いに集う平和な⽇常⾵景が戻ってくる時を、この噴⽔のモニュメントは待ち続けていることでしょう。

ちなみに、この周辺は皇居外苑にあたり、江⼾城の⽯垣を間近に⾒ることができます。
指の先が⼊らないほど精緻に組み合わさった江⼾時代の⽯垣、和⽥倉噴⽔公園のモダンなモニュメント、それらを⾒下ろす丸の内の⽯張りオフィスビルといった、それぞれの時代の⽯が⼀度に⾒られる、歴史の重みを感じられる場所です。

遠出が難しい春ですが、こうした歴史背景を踏まえながらグーグルストリートビューなどで東京の街を散策するのもまた新しい時代ですね。

お彼岸は⽇本独⾃の⾏事と⾔われる理由を考えてみました

2021年2月28日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。
まもなく春のお彼岸。私どもでもお彼岸までにお墓を建てたい、法要に備えて戒名彫刻しておきたいというご要望で忙しくなる頃です。
お寺では「彼岸会」とし、法要が⾏われますが、これは平安時代の朝廷ではすでにあり、江⼾時代に庶⺠にも広まったといいます。

「彼岸」は、「⾄彼岸」の略で、サンスクリット語の「パーラミター」に由来し、悟りの世界に⾄ること、またその修⾏を意味しています。

般若⼼経の⼀節にある「波羅蜜多」も同様の意味です。

悟りに⾄るまでの6 つの修⾏(布施、持戒、精進、忍辱、禅定、智慧) を六波羅蜜といい、お彼岸の1週間のうち、6 ⽇はそれぞれの修⾏に費やし、中⽇は先祖に感謝する⽇とされています。

このように、⼀⾒、仏教の意味合いが濃い⾏事に思われますが、他の仏教国にはない⾏事だそうです。
考えられる理由の⼀つには、⽇本は四季の変化がはっきりしているからではないでしょうか。

特に天気に対して鋭敏な感覚を持っていた昔の⼈にとっては、冬から春へ季節が移り変わる境界の⽇は重要な⽇だったのではないかと想像します。

また、農業での作付けや収穫などの⽬安としても重要な⽇でもありました。
そんな⼤切な⽇を家族だけでなく先祖達とも愛おしみたいというのは、⾃然な流れだったのかもしれません。
⽯屋の私も、毎年墓地やお寺の境内で、春彼岸を境に桜の花や新芽の彩りが増えていく⾵景の変化を楽しませて頂いています。

春は様々な旅⽴ちや出会いの季節です。

この春彼岸にはぜひお墓に参られて、新たなスタートや抱負について、ご先祖様に話されてみてはいかがでしょうか。

巨⼤な岩⼭に刻まれた4⼈の⼤統領

2021年1月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。
⻑い冬をすごし、梅の花も咲きはじめると、いっそう春が待ち遠しく思えてきます。
2⽉11⽇は⽇本では建国記念⽇ですが、アメリカでは2⽉の第3⽉曜⽇にプレジデント・デーという記念⽇があります。
もとは2⽉22⽇に、初代⼤統領であるジョージ・ワシントンの誕⽣⽇と、奴隷解放宣⾔をした第16代⼤統領であるアブラハム・リンカーンの誕⽣⽇(2⽉12⽇)を祝っていたのが、1971年に歴代の⼤統領を祝う⽇となったそうです。

今年のプレジデント・デーは、1⽉にジョー・バイデン⽒が新⼤統領に就任したことで、⽇本でも関⼼を集めるニュースになるかもしれませんね。

さて、この⼆⼈に、第16代⼤統領トーマス・ジェファーソン、第26代⼤統領セオドア・ルーズベルトが加わった4⼈の⼤統領の顔が巨⼤な⼭に刻まれているのが、サウス・ダコダ州にあるラシュモア⼭国⽴記念公園です。

テレビなどでも⾒たことがある⼈は多いのではないでしょうか。

工期は1927年〜1941年に渡る14年間。

彫刻家ガッツォン・ボーグラム(1867〜1941)による指揮によって、⾵化せず、⻑きに残るようにと花崗岩でできたこの⼭が選ばれました。
花崗岩は私ども⽯屋にとってはなじみの⽯で、お墓の他にも⽯垣や⿃居などに使われています。とても硬い⽯なので、私達は⼯場や専⽤の機械を使って加⼯しています。
しかし、ここでの相⼿は巨⼤な岩⼭、ということで、最初はダイナマイトで不要な部分を吹き⾶ばしながら⼤まかに形をつくったとのことですから何ともダイナミック。それでも、最後は⼭の上からぶら下げられたブランコのようなものに座った職⼈達がノミと⾦槌で仕上げたという、その完成度の⾼さにも驚きです。

仏教国では岩壁に仏の姿を彫った磨崖仏がありますが、実在の複数の⼈物が、それも近代に⼊ってから作られた例というのは、ちょっと⾒当たりません。アメリカにおける⼤統領という存在の特別さが感じられますね。

海をわたってきた神様たち−七福神

2021年1月1日

明けましておめでとうございます。

愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

今年もどうぞよろしくお願い致します。

 

新年の話題は、年賀状を彩る七福神から始めましょう。

七福神といえば、商売繁盛の恵⽐寿天、五穀豊穰の⼤⿊天、勝利を導く毘沙⾨天、芸能を司り財宝を授ける弁財天、⼦孫繁栄の福禄寿、⻑寿延命の寿⽼⼈、福徳をもたらす布袋。どの神様もキャラクターが際⽴っている、実に個性豊かなグループですよね。

 

それは、⾒た⽬のインパクトもさることながら、出⾝国や元となった宗教を⾒ても感じられます。ちょっと変わった視点で、七福神を出身国別に見てみましょう。

『恵⽐寿天』出⾝:⽇本
⽇本古来に伝わる商売繁盛の神様で、恵⽐寿様を祀った神社は全国各地にあります。
七福神で唯⼀の⽇本由来の神様です。

 

『布袋』『福禄寿』『寿⽼⼈』出⾝:中国
布袋様の元となったのは唐の時代に実在したと⾔われる仏教の僧侶。
福禄寿と寿⽼⼈は道教の神様です。

 

『⼤⿊天』『弁財天』『毘沙⾨天』出⾝:インド
3⼈共インドのヒンドゥー教の神様。

⼤⿊天は破壊神のシヴァの化⾝マハーカーラ、弁財天は河川の⼥神サラスヴァティー、毘沙⾨天は財宝神クベーラが前⾝と⾔われています。

 

⽇本、インド、中国とその出⾝国は様々な七福神。偶然にも、私たち⽯屋が扱っている⽯の多くが、これらの国から産出、墓⽯に加⼯され建てられています。

 

私たちの⼿がけさせて頂いたお墓も、幸福を願う⼈々に⼿を合わせられる個性豊かな神様たちと同じような存在になることを願い、今年も確かなお墓づくりをしてまいります。

時を知らせるストーンサークル

2020年11月28日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

 

コロナ禍⼀⾊となった2020年もあと少し。⽂房具店や最近ではコンビニの店頭にカレンダーが並び、当店とお付き合いの業者さんによる年末の挨拶では来年の⼿帳を頂いたりする時期になりました。

 

現代に⽣きる私たちは1年の流れをこうした暦で当たり前のように知ることが出来ますが、古代の⼈たちはどうしていたのでしょうか。

ところで、古代⼈が建てたストーンサークルという⽯づくりの遺跡をご存知ですか?その中でもイギリスにある「ストーンヘンジ」は最⼤50 トンにもなる巨⽯が使われた巨⼤な遺跡です。紀元前2500年頃に⽴てられとされていますが、なぜ建てたのかは謎に包まれています。祭祀場や、礼拝堂、はたまたUFOの発着場だったという説もあるほどです。

 

ただ、1年の中でも夏⾄の⽇に、⼊り⼝にあたる⼤きな⽯と中央の祭壇のような⽯を結ぶ直線上から太陽が昇るように作られていることから、古代⼈は天⽂や暦について詳しい知識を持っており、このような巨⼤⽯造物に表したことは確かなようです。

規模は違いますが、ストーンサークルは⽇本にも存在しており、中でも代表的なのが秋⽥県にある「⼤湯環状列⽯」です。つくられたのは縄⽂時代後期(約4000年前)。万座と野中堂とよばれる2つのサークルがあり、その直径はそれぞれ52メートル、42メートルで⼤きさは⽇本最⼤です。

 

このストーンサークルは、墓地でもあり、また暦を知る⽅法でもあったと考えられています。驚くことに、この2つのサークルの中⼼を結ぶと、夏⾄の⽇没の⽅向を指すことが知られています。

 

このことから⽇本における縄⽂⼈も、太陽の動きを元にして⼀年間の暦を把握していたことが推測されます。また、そのライン状の中⼼に細⻑い⽯がたち東⻄南北の⽅向に⼤きな⽯を配置した、⽇時計状の組⽯も存在しています。

古代⼈の時にかける情熱を感じることが出来るストーンサークルは、スマートフォンで時間を当たり前のように知っている私たちにとって⾮常に興味深く、⼤地に⽯が円上に配置されている様にはとてもミステリアスなものを感じます。

 

それは太古の⼈々の⼿にした素材がそのままの姿で、⽣きた証を伝え続けている「⽯」ならではの⼒もあるかもしれませんね。

菊は花の「⽇本代表」!?

2020年11月1日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。
仏壇やお墓に供える花といえば、菊というイメージがありますよね。しかし、元々は仏事とはあまり関係がない、観賞⽤として⼈気の花だったようです。菊は⽇本を象徴する皇室の家紋に使われているイメージもありますが、江⼾時代は庶⺠の間でも園芸⽤として親しまれていたそう。

そんな⽇本⼈に⻑く愛されてきた花なので、仏花としても使われるようになったと⾔われています。

菊は元々、中国から渡ってきた外来種です。平安時代の『古今和歌集』あたりから菊を詠んだ歌が登場するようになり、この頃から⽇本で馴染みのある花になったことがうかがわれます。

園芸ブームによって品種が⼀気に増えたのが江⼾時代。当時は花型の変化が楽しめる品種が求められ「江⼾菊」「嵯峨菊」「肥後菊」など全国各地で独特の発展を遂げた菊は「古典菊」と総称されました。
その多彩さは幕末後に訪れた外国⼈を魅了し、本家の中国に逆輸⼊され、ヨーロッパでは特にイギリスの園芸育種に⼤きな影響を与えるほどだったそうです。

江⼾菊(写真↓)

皇室の紋章となったのは、鎌倉時代に、後⿃⽻上皇(1180 〜 1239)が菊の紋をとても気に⼊っていたことに由来するそうです。今、アニメの影響で⽇本⼑に興味を持つ若い⼥性が増えているというニュースを⾒ましたが、この後⿃⽻上皇は⾃ら⼑を作っていたと伝わるほどの⼑剣好き。その⼑剣には菊の紋が刻まれています。

その後、代々の天皇に引き継がれ、皇室の紋章が菊花紋章と定められたのは⼤正15年(1926)のことです。

江⼾幕府の葵紋は当時、将軍家以外の使⽤は厳禁とされていましたが、菊花紋の使⽤は⾃由とされたため、和菓⼦や仏具の飾り⾦具の意匠に使われてきたことで、今のように⽇本全国、⽣活の中で⾝近に⾒かける存在となりました。

菊を調べていくと、昔から⼈々に愛され続けてきたことが分かりました。
⽇本の春を華やかに彩る、花の中でダントツの⼈気を誇る「桜」に対して、秋の花「菊」はちょっと地味な存在…と思いきや、実はパスポートの表紙の絵柄として世界中を旅していることもお忘れなく。実は「花の⽇本代表」かもしれませんね。

「いただきます」の⼼を表す、⿂の供養碑

2020年10月1日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。
⻑い梅⾬の後に急にやってきた暑さが格別に厳しく感じられた今年の夏ですが、もはや暑さもこれまで、⼀安⼼です。夏バテで⾷欲をなくしていた⼈には、待ち遠しい⾷欲の秋でしょう。
秋は⿂もおいしい季節。この時期が旬の⿂には、サンマ、カツオ、アジ、タイ、カンパチ、マグロといった、お寿司のネタやお酒のお供に重宝するメジャーどころが揃っています。

さて、⼀昨年まで、⿂市場の移転でニュースになっていた東京の築地⿂市場。当時「場内」と呼ばれていた場所が豊洲新市場へ移転していきましたが、「場外」と呼ばれる場所は今でも多くの店が営業を続けています。そして、そのすぐ近くにある波除稲荷神社には⿂の供養碑が並んでいることで知られています。
“すし塚”、“活⿂塚”、 “海⽼塚”、“鮟鱇(あんこう)塚”、 “蛤⽯” …こうした碑を建てたのは、築地の仲買や関連の組合など、⿂介を扱って商いをする⼈たち。すし塚は東京都鮨商⽣活衛⽣同業組合が昭和47年に建⽴。⽯碑には、「あまたの⿂介の霊を慰めとわに鎮まれかしと祈り」と刻まれています。

ほかに⽟⼦塚、昆布塚もあり、昆布塚は、平成28年に建てられています。なにかと効率化が進む中でも、供養の⼼はしっかりと今に受け継がれていることを実感します。⾝近な⽣き物への供養は、仏教とともに広まった不殺⽣の思想によるもの。けれど、こうした供養碑は、⽇本以外の国では⾒られないそうです。

⾷欲の秋、⾷べ物をいただく側の私たちも、⽣き物への感謝の気持ちを忘れないようにしたいものですね。

おはぎは⽇本ならではのスイーツ

2020年8月1日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。
⼀年でいちばん暑い季節となりましたが、皆様元気にお過ごしですか?
お盆、お彼岸と続くこの時期、お墓参りをしていただくとご先祖様もきっと喜ばれると思います。もちろん、暑さには気を付けていただいて…。

今⽇は⽯の話題から離れて、「供養の⾷」について書いてみようと思います。

昔からお彼岸の和菓⼦と⾔えば「おはぎ」「ぼたもち」。

どちらも、もち⽶とうるち⽶(ご飯になるお⽶)を混ぜて炊き、つぶしてあんこをつけたものです。

つまりどちらも材料は⼀緒で、春と秋のお彼岸によって呼び⽅が異なります。春に咲く牡丹の花にかけて「ぼたもち」(牡丹餅)、秋に花が咲く萩にかけて「おはぎ」となります。また、花の咲く様から、つぶあんのものをおはぎ、こしあんをぼたもちとしているところが多いようです。(地域性や諸説はあるようです)

「暑さ寒さも彼岸まで」という四季の変化に富んだ、⽇本ならではの⾔葉があります。
そんな⽇のご馳⾛に、昔の忙しい農家では、おもちより簡単に作ることの出来る⾏事⾷として、この「おはぎ」「ぼたもち」が、今のように定着したのかもしれません。

また、あんこの元となる⼩⾖はその⾚⾊から、⾚飯や⼩⾖粥など、お祝いや魔除けに使われる⾷材です。さらに、昔の⼈にとって砂糖といえば、気軽に使うことの出来ない⾼級⾷材だったはずです。

⽇本の古⺠家は「夏仕様」で作られてきたと⾔われるほど、昔の⼈にとっても夏の暑さは1年間の中で特別なものでした。

秋のお彼岸を迎え、暑い⽇々の終わりをご先祖様に感謝しながら味わう、そんな「おはぎ」の⽢味は格別だったのではないでしょうか。
「おはぎ」や「ぼたもち」は⽇本の⾵⼟と供養⼼に根ざした、奥深〜いスイーツ!?と⾔えそうですね。