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彫刻師 中澤茂政さん彫刻師ブログ

秋を彩る彼岸花、「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」

2022年8月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

夏が終わりお彼岸の時期になると、墓地や田んぼのあぜ道などで長い緑の茎に赤い花を咲かせる美しい花が群生しているのを見かけることも多いのではないでしょうか。
「彼岸花 ヒガンバナ」、別名を「曼珠沙華 マンジュシャゲ」という中国原産の多年草の植物です。

「曼珠沙華」はサンスクリッド語で天界に咲く「赤い花」という意味があり仏教の経典にも登場します。すっと伸びた茎の先端には数個の花が輪のようにつき、まるで夜空に浮かぶ花火のよう。その名のとおり、河辺や墓地に群生して咲く様子は、この世の風景ではないかのようです。海外ではきれいな花として、とても人気があります。

しかし、日本では墓地のまわりに咲いていることが多いため不吉なイメージが強い花。なぜ墓地のまわりに咲いていることが多いのでしょうか。それにはしっかりとした理由があります。

昔の墓地は土葬が一般的でした。そのため、野ネズミやモグラなどが墓地を荒らすこともあったそうですが、彼岸花には有毒成分があり、それらを防ぐために墓地のまわりに植えられるようになったそうです。

彼岸花には、曼珠沙華という別名の他にも、毒を持つこと、墓地に多く植えられたことから、「地獄花(じごくばな)」「死人花(しびとばな)」など怖い別名も多数あります。全国各地には数百~1000種類もの別名があるとか。どんな別名があるか調べてみるのも面白そうですね。

 

時代の軌跡を伝える石碑

2022年7月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

夏といえば、天皇陛下ご一家が那須御用邸で休暇を取られたというニュースが毎年恒例となっていたことを思い出します。子供時代には、ご一家が休暇から戻られたというニュースで、終わっていない夏休みの宿題を思い出して焦ったり・・・。

しかし、この2年間、コロナ禍で那須御用邸での休暇はもちろん、遠方に出かけることを自粛されていらっしゃるご様子です。人々との交流はオンラインで実施されているようですが、平時の天皇陛下は日本全国津々浦々を訪問されており、その度にニュースとなっていました。現在の上皇、上皇后の平成時代を振り返った「旅する天皇」(小学館)によると、平成の30年間で移動した距離は62万キロに及ぶというから、その規模に驚いてしまいますね。こうした天皇陛下の外出のことを「行幸」、皇后陛下と一緒の外出のことを「行幸啓」といいます。

中でも「全国植樹祭」「全国豊かな海づくり大会」「国民体育大会」は、「三大行幸啓」とよばれます。多くの場合、そこで詠んだ御製(和歌)を記した御製碑が、迎えた地域の人々の手によって全国各地に建てられています。また、三大行幸啓と限らず、各地の景勝地や施設を訪問した際に、行幸啓記念碑が建立されることも多くあり、写真とはまた違う形で平成の軌跡を今に伝えています。

行幸啓碑に限らず、様々な記念碑においても、昔から選ばれてきたのが石という素材です。私ども石屋でも、学校や地域団体に関する出来事、さらには喜ばしいことだけでなく辛い災害の記憶を後の世代に伝えるために石碑を建てたい、という相談をいただきます。どんな重要な出来事も、長い歴史の中では一瞬のことであり、ともすればすぐに忘れ去られてしまうもの。石碑を建てることで、子どもや孫、ひいてはその先の世代まで、大切な記憶が伝え継がれていくことでしょう。

若い世代にとってのお墓参りとは?

2022年6月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

「若い人はお墓参りなんて、面倒で行きたくないのでは?」と思っている人も多いのではないでしょうか。ちょっと古い話題で2017年になりますが、『NHK 国民アンケートクイズ』という番組がありました。その中で「お盆にお墓参りに行きたいか?」という調査結果の回があり、「行きたい」と回答した割合が10代、20代が最も高く、30~70代の「行きたい」という回答を上回っているという結果が放映されたことがあります。

その番組によると、10代がお墓参りしたい理由は「義務を果たしたい」「見守られているようで安心できる」だからだそうです。
私たちの普段のお客様はご年配の方が多いのですが、若い世代の方でもお墓の大切さをしっかり感じていることに大変うれしく思いました。
そういえば、コロナ禍を迎えた際は、疫病退散の神「アマビエ」など、守護神と呼ばれていた神々が再び脚光を浴び、ネットを中心に広まりました。5年前の番組と合わせて、科学技術が発達した現代社会でも、神々やご先祖のような、どこかで見守ってくれている存在を信じ、心の支えとしていらっしゃる人が世代を問わず多いということを実感しました。

お墓参りでは、周囲を掃除し花を供え、ご先祖様に手を合わせます。こうしたことで、命を尊重する気持ちや情緒が育まれます。ご家族でこうしたお墓参りを続けられることで、次の世代、その次の世代へと家族やご先祖様を大切にする気持ちが伝えられていきます。

今年に入り久しぶりにお墓参りされた方は、当たり前と思っていたお墓の大切さに改めて気付かれた方も多いかと思います。
お墓やお墓参りについてどう思われているか、将来を担うお子様、お孫様など若い世代にも、ちょっと聞かれてみてはいかがでしょう。

 

石屋がご案内する石どころ探訪「高野山-その1」

2022年5月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

コロナ禍が落ち着かない中、遠方への旅行をためらわれている方へ、ネット情報やガイドブックを元に、私たち石屋がご案内する「日本の石どころ探訪」はいかがでしょう。第一回は和歌山県の高野山。弘法大師空海が1200年前(平安時代初期)に築いた日本最大の宗教都市であり、真言宗の総本山です。ここには、標高約900mの盆地にお寺がなんと117もあります。2004年には吉野と熊野とともに、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録され、コロナ禍以前は外国人観光客で賑わっていたそうです。

空海の御廟のある奥の院は、織田信長や豊臣秀吉など、名だたる戦国武将たちの石の供養塔が並んでいることで知られています。
歴史あるところに石あり。空海の伝説にちなんだ石もあり、他にもお地蔵様、道しるべ、石庭…と高野山ではいたるところで印象的な石と出会います。
 

高野山で誰もがその空間に圧倒されるのが奥の院です。
入り口の一の橋から2km先には弘法大師御廟があり、一帯は聖域となっています。参道の両側には杉の大木が高くそびえ、木漏れ日が差し込む中、石の供養塔がおびただしく並びます。五輪塔の形が独特の雰囲気を醸し出すのに加え、苔むした石塔は自然と一体化し、まさに異界に足を踏み入れたよう。
世間では「お墓じまい」という言葉が聞かれるようになってしまいましたが、年月を積み重ねることで風格を湛えた石が立ち並ぶ光景を、ぜひ一度ご覧いただけたらと思います。

現在のようにたくさんの石塔が並ぶようになったのは、江戸時代からといいます。徳川家が家康の霊廟を建て祖先崇拝を進める一方、高野山が庇護を求めて各大名と結びついたことがその理由とのこと。
一番大きい石塔は、1627年(寛永4 年)に建てられた崇源夫人五輪石塔で、高さは6.6m!。今の石屋は大きなトラックで搬入してクレーン車を使って建て上げると思いますが、それでもこのようなサイズの石碑を手掛けることは、かなりレアケースです。
当時、石塔は大坂などから船で運ばれた後、丸太を使って山道を運んだそうで、その苦労を思うといっそうこの空間が特別に感じられます。

 

 

数珠の玉の数に込められた意味

2022年4月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

お坊さんがお経を読む際に手にしている数珠。お葬式のときには、私たちも数珠を手にかけます。珠は水晶などの石の素材のものや、黒檀や紫檀などの木の素材、お釈迦様が悟りをひらいた菩提樹の木の実を使ったものもあります。

きれいな石の珠の数珠は一見アクセサリーのようですが、数珠には珠の数に意味があります。正式なものは 108 個。これは除夜の鐘の数と同じで、煩悩(悩み)の数を表しています。その数の内訳とは、以下の 4 種に分かれます。

・六根… 眼・耳・鼻・舌・身・意 の6 つの感覚器官

・三不同…好・平・悪 の3 つの感じ方

・染・浄 の2 つの感じ方の程度

・三世…現在・過去・未来 の3 つの時間

以上の、6×3×2×3 をかけ合わせた数が煩悩の数と言われています。※その他にも諸説あるそうです。

この珠で回数を数えながらお経を読み、煩悩を消していくといわれます。珠の数は略式として108 の半分の54 個、4分の1の27 個のものもあります。滞在時間の短いお墓参りにはちょうど良いかもしれませんね。

このように、私達の生活の中で頻繁に出る話題ではないにしても、初七日や、四十九日、 13回忌…等、仏教の教えの中には不思議な数があります。難しい数学の公式のようでちょっと敬遠したい気持ちになりますが、その意味を知ると、お釈迦様や昔の人達は、よくこんなことを考えたなあと驚くばかりです。

 

 

 

あの世でもゴルフ三昧!?

2022年3月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

外に出て活動したくなる季節になりましたね。
春風が心地よい屋外で、年齢を重ねてからも無理なく楽しめるゴルフ、最近は密が避けられるスポーツとしても人気のようです。そんな日本でのゴルフ人気、その歴史を紐解くと、港町・神戸に行き当たりました。


日本初のゴルフ場は、茶の貿易をしていたイギリス人・グルームによって六甲山に作られました。1903 年には「神戸ゴルフ倶楽部」を設立(現在もあります)。設立当時の百数十名の会員ほとんどはイギリス人だったそうですが、 それから 100 年以上が経った今、ゴルフは日本にしっかりと定着しています。今では女性でも楽しむ方が増えていますよね。私たち石材店のお客様の中にも、ゴルフが人生の重要な位置を占めるという方も珍しくありません。


それを象徴するかのように、お墓を建てる方の中にはゴルフにちなんだデザインを施す方もいらっしゃいます。プレーする姿を墓石に描いたものや、 ゴルフ場の写真を石に焼き付けたものにはじまり、お墓のカタチがゴルフボールやゴルフクラブそのものなど、その形態もさまざま。アメリカにはゴルフ場を模した墓地があるとか。
「あの世でもゴルフを楽しみたい」という思いが伝わってきます。


この季節、お墓参りのついでに、故人の思いがこもったオリジナルのお墓や、春の花々を見ながら墓所を散策するのも、 また楽しい運動?かもしれませんね。

 

 

 

 

家紋が伝える家族の歴史

2022年2月28日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

まもなく春のお彼岸がやってきます。たびたびお墓参りに行っていても、意外と意識されないのが家紋。一般的に墓石の正面の花立や水鉢などに彫刻されています。

私ども石材店では彫刻原稿を作るために、様々な家紋を集めた家紋集を使っています。しかし、そこにも載っていない、⻑年この仕事に携わって⻑い私どもでも⾒たことのない家紋に出会うこともしばしば。そんな時はお施主様に示されたもの(例えば先祖代々伝わる着物や仏具など)に描かれた家紋をお預かりしてそこから原稿を作成します。

家紋の歴史は平安時代までさかのぼり、当初は貴族や武士の間で使われていました。特に武士達は家名とセットで覚えておくことが、戦場やお殿様とのやりとりで不可欠でした。明治以降には庶⺠にも家紋が普及し、石のお墓が家のお墓として建てられるようになると、家紋を彫られたお墓が増えてきました。

<岐阜城の石段>

皇室が菊紋、徳川家が葵紋であるように、花や植物をモチーフにしたものが思い浮かびますが、扇や網など構造物や道具、蝶やうさぎなどの動物、月や星などを象ったものなどがあり実に多種多様。家紋からは、家族の歴史、ひいては日本の歴史や文化を読み取ることができます。家紋は礼服や、お盆の提灯などにも使われてきましたが、年々⾒る機会も少なくなってきました。

<東京・増上寺の徳川家葵の紋>

今一度、お墓に刻まれているわが家の家紋について調べてみてはいかがでしょうか。

 

「挨拶」の漢字に込められた深い意味

2022年1月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」—。挨拶とは、人と出会ったときや別れるときに交わす言葉で、人間関係の基本となるもの。生活環境に慣れてくるとついついおろそかになりがちということで、学校や職場などでの「朝のあいさつ運動」なども日常的に聞かれますよね。

挨拶することでその人の体調や気分もうかがうことが出来ますので、その後の会話も弾みます。私達は仕事柄、様々な思いや状況を抱えていらっしゃるお客様もいらっしゃるので、挨拶のトーンにも気を遣います。

「挨拶」は難しい漢字を使いますが、「挨」は「軽く前に押す」、「拶」は「強く相手に迫る」を意味しています。相反する意味の二語を並べた“挨拶”、ちょっと不思議な言葉ですよね。

元は「一挨一拶」(いちあいいっさつ)という言葉で、禅宗で師匠が弟子の悟りの深さを確かめるために、繰り返し問答をすることをいいました。よくいう” 禅問答”のことです。それが修行者同士の問答を意味するようになり、さらに今のような儀礼的な言葉を表すようになりました。

今では、オンライン画面越しの挨拶も普通になりました。挨拶時には手を振るなどリアルだと馴染みのないオーバーアクションもありますが、これも新たな挨拶の作法になりつつあります。

日常の挨拶では悟りを確かめる緊張感はなくても、相手を思い、誠実な気持ちで言葉を発することは大切にしたいものですね。

 

 

 

思いを伝える石文(いしぶみ)の話

2021年12月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

1月23日は1(いい)23(ふみ)、略して「E 文」の語呂合わせから、「電子メールの日」とされているそうです。

新年のあいさつと⾔えば年賀状ですが、今や若い方を中心に電子メールやSNS を使う人も増えています。手段は変わっても、感謝や気遣いの気持ちを文字にのせて伝えることには変わりがありません。

では、人が文字を知らなかった時代はどうやって遠く離れた相手に気持ちを伝えていたのでしょう?

作家・向田邦子さんはエッセイで、古代の人が自分の思いを伝えるために用いたとされる石の手紙、「石文(いしぶみ)」について書かれています。

「男は、自分の気持ちにピッタリの石を探して旅人にことづける。受け取った女は、目を閉じて掌に石を包み込む。尖った石だと、病気か気持ちがすさんでいるのかと心がふさぎ、丸いスベスベした石だと、息災だな、と安心した」(『男どき女どき』収録「無口な手紙」より)

古代の人が石に自分の思いを託し、また石から相手の思いを感じとることができたのは、石には⻑い年月をかけて自然が作り出した、唯一無二の表情があるからではないでしょうか。

同じようにお墓を前にすると、遠いご先祖様や、忘れられない故人を思って手を合わせたくなるのは、石が“⾔葉を超えた何か”を伝える力を持っているからかもしれませんね。

新しい年への願いを表す新春のお花

2021年11月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

コロナ禍が落ち着いたとは⾔え、まだまだ予断の許さない⻑いトンネルの中、2021年も年末を迎えます。当店でも感染症対策をしっかりした上で、年末年始のあいさつ回りが忙しくなる時期です。どなたもお忙しくなるシーズンですが、そんな中でも、訪問先や店先に飾られるお花には心が癒やされますよね。

お正月の飾りや生け花に、松や竹とともにあしらわれる南天(なんてん)。冬の寒空をバックに、たくさんの鮮明な赤い実をつける姿が印象的です。

漢方ではせき止めの効用がある実だそうですが、どちらかというと、新春のお花(実)のイメージが強いです。お正月の掛け軸には、南天と水仙を描いた「天仙図」が好まれたほか、妊婦が安産を祈願して床の下に敷くこともあったとか。昔から新春の縁起ものや、災難よけとして使われてきました。

福寿草は「元日草」「朔日草」の別名もある、愛らしい⻩⾊い花。それは冬の日の小さなひだまりのようです。

花の咲く時期が⻑いことが⻑寿、⻩⾊の花が⻩⾦に通じることなどから、様々なおめでたい名前がつけられました。お正月には松や竹、梅などと寄せ植えにしたり、先述の南天の実と合わせて「難を転じて福となす」との意味をこめて縁起物として飾られます。花⾔葉も「幸福を招く花」です。

お花の意味をあらためて知ると、毎年恒例の新春のお花も、コロナ禍の中では特別なものに感じられます。

皆様におかれましても、2022年が良い年になることを心よりお祈り申し上げます。