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彫刻師 中澤茂政さん彫刻師ブログ

どう違う?お寺と神社のお参りの仕方

2022年12月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

新春はお寺や神社にお参りに行く人も多いですよね。いざお参りに行ったとき、お賽銭を入れるタイミングや柏手の有無など迷ってしまうことがあります。この機会にお参りの仕方をおさらいしてみましょう。

お寺と神社では共通する部分と異なる部分があります。
まず、お寺は入口にある山門で一礼してから境内に入ります。門の敷居は踏まずにまたぐよう気をつけましょう。
神社は鳥居の前で一礼して境内に入ります。参道の中央は神様の通る道とされているので、左右どちらかの端を進みましょう。

次は共通で、参拝に向かう前に手水舎で手を清め、口をすすぎます。参拝場所についたら軽く一礼。鐘などの鳴らし物がある場合は鳴らし、お賽銭を入れます。
次が違うところで、神社では「二拝二拍手一拝」として、二回、90 度くらいの深いおじぎをし、二回柏手(かしわで) を打ち、もう一度おじぎをします。
一方、お寺では拍手はせず静かに手を合わせる「合掌」をし、礼をします。お寺では数珠をもつとよいでしょう。

ちなみに神社の「二拝二拍手一拝」は、戦後に定められた比較的新しい作法。出雲大社は「二拝四拍手一拝」となっているなど、神社によっても違いがあるようです。気になる場合は事前に調べていくようにしましょう。

感謝の気持ちを伝える言葉「ありがとう」

2022年11月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

今年もあとわずかになりました。この時期になると、今年一年の感謝を伝える機会も増えるため、普段より多く「ありがとう」という言葉を使いますよね。
普段、何げなく使っているこの「ありがとう」という言葉。語源は仏教に由来するとも言われています。

「ありがとう」は、漢字で書く「有難う」が由来とされています。有難うという言葉は、「有る」ことが「難しい」と書き、文字どおり「あり得ないこと」を意味していましたが、転じて「めったにないことを感謝する」という意味で使われるようになりました。

仏教に由来する元になる話として「盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ」があります。
目の見えない海亀が百年に一度だけ海面に顔を出す。そのとき広大な海に浮かんでいる一本の丸太の小さな穴に頭を入れることは、ないと言っていいほど難しい。
しかし、それ以上に人間に生まれることや仏教の教えと出会うことは奇跡的で有り難いことだ。と説いています。

そんな、めったにないことへの感謝の思いを言葉にしたのが「有難う」です。これは元々、神や仏に対してのみ使われていた言葉ですが、今日では日常的に使われています。そんな由来を知ると、「ありがとう」と伝えるのはもちろんですが、「ありがとう」を少しでも言ってもらえる行動を意識するのも大切かもしれませんね。

100年の時を超えた石の灯台

2022年10月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

今日は何の日かな?と調べてみるとたくさんの記念日があることに驚きます。
11 月11 日は、「灯台の日」だそうですよ。「数字の1 を灯台に見立てたから?」と思いきや、1896 年(明治元年)、日本で最初の洋式灯台である「観音埼灯台」(神奈川県横須賀市)の起工日に由来しているそうです。

江戸時代末期、西洋の国々と結ばれた江戸条約の中で、日本各地に灯台を建てる約束が交わされたことに始まり、明治期には約120基の灯台が建てられました。なんとその半数以上の64 基が令和の現在も活躍しています。さらにそのうち40 基近くの灯台が石造(鉄、れんが、コンクリートとの混合構造を含む)です。戦後は鉄骨コンクリート造が増えましたが、明治期には、石は耐久性に優れるとして、産地が近くにある場合は多く使用されていました。

石造の灯台のなかでも、私たち石屋として特にご紹介したいのが、角島灯台(山口県下関市)と男木島(おぎしま)灯台(香川県高松市)です。灯台は目立つようにと、通常は白、もしくは黒、赤との縞模様に塗装されますが、この2 基は無塗装で、石の風合いが生かされています。

しかも、角島灯台は徳山御影石、男木島灯台は庵治石(あじいし)と、どちらも墓石でも使われる、耐久性と美しさを兼ね備えた石で作られています。こうした石造の灯台は、これからも風雨をものともせず、凛とした佇まいで広い海を見守り続けてくれることでしょう。

 

古来より愛された「ススキ」

2022年9月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

全国各地に広く分布する「ススキ」は、日本人なら知らない人はいないほど身近な植物の一つですね。古くは万葉集に「ススキ」の和歌が数多く収録され、源氏物語や枕草子などにも描写が出てきます。秋風にたなびく黄金色のススキの様は秋の訪れをしみじみと感じさせる風情があります。

「ススキ」の語源は諸説ありますが、「すくすくと生い茂るさま」を表すとも、細い意味を表す「ス」を重ねて、草(キ)がついた物、とも言われています。細長くて華奢なイメージの「ススキ」ですが、痩せ地でも良く育ち、あまり土壌を選ばず頑丈な根を伸ばして育ちます。茎はとても固く丈夫で、山火事の後に一番最初に生えてくるのもススキだそうですよ。

中秋の名月に月見団子と共にお供えするのもススキです。これにも諸説ありますが、稲穂に似たススキを飾って「豊作を願う」という意味があるとされています。また、ススキは神様の依り代と信じられてきたため、魔除けの効果もあると考えられてきたそうです。
ついつい月見団子に目が行きがちですが、今年はススキも忘れずに飾りたいですね。

ススキといえば茅(カヤ)葺屋根の材料としても有名です。茎に多くの油分を含む為、耐水性が高く雨に強いので、屋根材として古くから利用されてきました。
生活に根差し、秋の七草の一つとしても万葉の時代より愛されてきた「ススキ」。この秋はぜひいろいろな視点から「ススキ」を愛でてみるのはいかがでしょうか。

 

秋を彩る彼岸花、「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」

2022年8月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

夏が終わりお彼岸の時期になると、墓地や田んぼのあぜ道などで長い緑の茎に赤い花を咲かせる美しい花が群生しているのを見かけることも多いのではないでしょうか。
「彼岸花 ヒガンバナ」、別名を「曼珠沙華 マンジュシャゲ」という中国原産の多年草の植物です。

「曼珠沙華」はサンスクリッド語で天界に咲く「赤い花」という意味があり仏教の経典にも登場します。すっと伸びた茎の先端には数個の花が輪のようにつき、まるで夜空に浮かぶ花火のよう。その名のとおり、河辺や墓地に群生して咲く様子は、この世の風景ではないかのようです。海外ではきれいな花として、とても人気があります。

しかし、日本では墓地のまわりに咲いていることが多いため不吉なイメージが強い花。なぜ墓地のまわりに咲いていることが多いのでしょうか。それにはしっかりとした理由があります。

昔の墓地は土葬が一般的でした。そのため、野ネズミやモグラなどが墓地を荒らすこともあったそうですが、彼岸花には有毒成分があり、それらを防ぐために墓地のまわりに植えられるようになったそうです。

彼岸花には、曼珠沙華という別名の他にも、毒を持つこと、墓地に多く植えられたことから、「地獄花(じごくばな)」「死人花(しびとばな)」など怖い別名も多数あります。全国各地には数百~1000種類もの別名があるとか。どんな別名があるか調べてみるのも面白そうですね。

 

時代の軌跡を伝える石碑

2022年7月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

夏といえば、天皇陛下ご一家が那須御用邸で休暇を取られたというニュースが毎年恒例となっていたことを思い出します。子供時代には、ご一家が休暇から戻られたというニュースで、終わっていない夏休みの宿題を思い出して焦ったり・・・。

しかし、この2年間、コロナ禍で那須御用邸での休暇はもちろん、遠方に出かけることを自粛されていらっしゃるご様子です。人々との交流はオンラインで実施されているようですが、平時の天皇陛下は日本全国津々浦々を訪問されており、その度にニュースとなっていました。現在の上皇、上皇后の平成時代を振り返った「旅する天皇」(小学館)によると、平成の30年間で移動した距離は62万キロに及ぶというから、その規模に驚いてしまいますね。こうした天皇陛下の外出のことを「行幸」、皇后陛下と一緒の外出のことを「行幸啓」といいます。

中でも「全国植樹祭」「全国豊かな海づくり大会」「国民体育大会」は、「三大行幸啓」とよばれます。多くの場合、そこで詠んだ御製(和歌)を記した御製碑が、迎えた地域の人々の手によって全国各地に建てられています。また、三大行幸啓と限らず、各地の景勝地や施設を訪問した際に、行幸啓記念碑が建立されることも多くあり、写真とはまた違う形で平成の軌跡を今に伝えています。

行幸啓碑に限らず、様々な記念碑においても、昔から選ばれてきたのが石という素材です。私ども石屋でも、学校や地域団体に関する出来事、さらには喜ばしいことだけでなく辛い災害の記憶を後の世代に伝えるために石碑を建てたい、という相談をいただきます。どんな重要な出来事も、長い歴史の中では一瞬のことであり、ともすればすぐに忘れ去られてしまうもの。石碑を建てることで、子どもや孫、ひいてはその先の世代まで、大切な記憶が伝え継がれていくことでしょう。

若い世代にとってのお墓参りとは?

2022年6月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

「若い人はお墓参りなんて、面倒で行きたくないのでは?」と思っている人も多いのではないでしょうか。ちょっと古い話題で2017年になりますが、『NHK 国民アンケートクイズ』という番組がありました。その中で「お盆にお墓参りに行きたいか?」という調査結果の回があり、「行きたい」と回答した割合が10代、20代が最も高く、30~70代の「行きたい」という回答を上回っているという結果が放映されたことがあります。

その番組によると、10代がお墓参りしたい理由は「義務を果たしたい」「見守られているようで安心できる」だからだそうです。
私たちの普段のお客様はご年配の方が多いのですが、若い世代の方でもお墓の大切さをしっかり感じていることに大変うれしく思いました。
そういえば、コロナ禍を迎えた際は、疫病退散の神「アマビエ」など、守護神と呼ばれていた神々が再び脚光を浴び、ネットを中心に広まりました。5年前の番組と合わせて、科学技術が発達した現代社会でも、神々やご先祖のような、どこかで見守ってくれている存在を信じ、心の支えとしていらっしゃる人が世代を問わず多いということを実感しました。

お墓参りでは、周囲を掃除し花を供え、ご先祖様に手を合わせます。こうしたことで、命を尊重する気持ちや情緒が育まれます。ご家族でこうしたお墓参りを続けられることで、次の世代、その次の世代へと家族やご先祖様を大切にする気持ちが伝えられていきます。

今年に入り久しぶりにお墓参りされた方は、当たり前と思っていたお墓の大切さに改めて気付かれた方も多いかと思います。
お墓やお墓参りについてどう思われているか、将来を担うお子様、お孫様など若い世代にも、ちょっと聞かれてみてはいかがでしょう。

 

石屋がご案内する石どころ探訪「高野山-その1」

2022年5月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

コロナ禍が落ち着かない中、遠方への旅行をためらわれている方へ、ネット情報やガイドブックを元に、私たち石屋がご案内する「日本の石どころ探訪」はいかがでしょう。第一回は和歌山県の高野山。弘法大師空海が1200年前(平安時代初期)に築いた日本最大の宗教都市であり、真言宗の総本山です。ここには、標高約900mの盆地にお寺がなんと117もあります。2004年には吉野と熊野とともに、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録され、コロナ禍以前は外国人観光客で賑わっていたそうです。

空海の御廟のある奥の院は、織田信長や豊臣秀吉など、名だたる戦国武将たちの石の供養塔が並んでいることで知られています。
歴史あるところに石あり。空海の伝説にちなんだ石もあり、他にもお地蔵様、道しるべ、石庭…と高野山ではいたるところで印象的な石と出会います。
 

高野山で誰もがその空間に圧倒されるのが奥の院です。
入り口の一の橋から2km先には弘法大師御廟があり、一帯は聖域となっています。参道の両側には杉の大木が高くそびえ、木漏れ日が差し込む中、石の供養塔がおびただしく並びます。五輪塔の形が独特の雰囲気を醸し出すのに加え、苔むした石塔は自然と一体化し、まさに異界に足を踏み入れたよう。
世間では「お墓じまい」という言葉が聞かれるようになってしまいましたが、年月を積み重ねることで風格を湛えた石が立ち並ぶ光景を、ぜひ一度ご覧いただけたらと思います。

現在のようにたくさんの石塔が並ぶようになったのは、江戸時代からといいます。徳川家が家康の霊廟を建て祖先崇拝を進める一方、高野山が庇護を求めて各大名と結びついたことがその理由とのこと。
一番大きい石塔は、1627年(寛永4 年)に建てられた崇源夫人五輪石塔で、高さは6.6m!。今の石屋は大きなトラックで搬入してクレーン車を使って建て上げると思いますが、それでもこのようなサイズの石碑を手掛けることは、かなりレアケースです。
当時、石塔は大坂などから船で運ばれた後、丸太を使って山道を運んだそうで、その苦労を思うといっそうこの空間が特別に感じられます。

 

 

数珠の玉の数に込められた意味

2022年4月30日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

お坊さんがお経を読む際に手にしている数珠。お葬式のときには、私たちも数珠を手にかけます。珠は水晶などの石の素材のものや、黒檀や紫檀などの木の素材、お釈迦様が悟りをひらいた菩提樹の木の実を使ったものもあります。

きれいな石の珠の数珠は一見アクセサリーのようですが、数珠には珠の数に意味があります。正式なものは 108 個。これは除夜の鐘の数と同じで、煩悩(悩み)の数を表しています。その数の内訳とは、以下の 4 種に分かれます。

・六根… 眼・耳・鼻・舌・身・意 の6 つの感覚器官

・三不同…好・平・悪 の3 つの感じ方

・染・浄 の2 つの感じ方の程度

・三世…現在・過去・未来 の3 つの時間

以上の、6×3×2×3 をかけ合わせた数が煩悩の数と言われています。※その他にも諸説あるそうです。

この珠で回数を数えながらお経を読み、煩悩を消していくといわれます。珠の数は略式として108 の半分の54 個、4分の1の27 個のものもあります。滞在時間の短いお墓参りにはちょうど良いかもしれませんね。

このように、私達の生活の中で頻繁に出る話題ではないにしても、初七日や、四十九日、 13回忌…等、仏教の教えの中には不思議な数があります。難しい数学の公式のようでちょっと敬遠したい気持ちになりますが、その意味を知ると、お釈迦様や昔の人達は、よくこんなことを考えたなあと驚くばかりです。

 

 

 

あの世でもゴルフ三昧!?

2022年3月31日

こんにちは。愛知県豊田市の中澤⽯材店です。

外に出て活動したくなる季節になりましたね。
春風が心地よい屋外で、年齢を重ねてからも無理なく楽しめるゴルフ、最近は密が避けられるスポーツとしても人気のようです。そんな日本でのゴルフ人気、その歴史を紐解くと、港町・神戸に行き当たりました。


日本初のゴルフ場は、茶の貿易をしていたイギリス人・グルームによって六甲山に作られました。1903 年には「神戸ゴルフ倶楽部」を設立(現在もあります)。設立当時の百数十名の会員ほとんどはイギリス人だったそうですが、 それから 100 年以上が経った今、ゴルフは日本にしっかりと定着しています。今では女性でも楽しむ方が増えていますよね。私たち石材店のお客様の中にも、ゴルフが人生の重要な位置を占めるという方も珍しくありません。


それを象徴するかのように、お墓を建てる方の中にはゴルフにちなんだデザインを施す方もいらっしゃいます。プレーする姿を墓石に描いたものや、 ゴルフ場の写真を石に焼き付けたものにはじまり、お墓のカタチがゴルフボールやゴルフクラブそのものなど、その形態もさまざま。アメリカにはゴルフ場を模した墓地があるとか。
「あの世でもゴルフを楽しみたい」という思いが伝わってきます。


この季節、お墓参りのついでに、故人の思いがこもったオリジナルのお墓や、春の花々を見ながら墓所を散策するのも、 また楽しい運動?かもしれませんね。